<   2003年 10月 ( 14 )   > この月の画像一覧

(続々々)進化って退化?

 話は変わりますが、人は誰でも予測と言う行為をします。これは今日は傘を持って出掛けようかどうしようか?彼は約束を守ってくれるかどうか?など日常生活に欠かせない行為として、事の大小、確率の良し悪しに拘わらず、必要に迫られて誰でも普通に行なう行為です。予測の学術的な定義や方法論をここで論じるのは止めましょう。しかし簡単に言えば予測の基本的なものは「トレンドと言われる過去の傾向」から行なわれていると考えても良いでしょう。「これまでの経験や傾向がこうだった」から「この先多分こうなるだろう」というやり方です。

 この予測をするときに、私たちは「比例関数的変化」を考えるのが普通です。これは時間を横軸に、予測事象を縦軸にしたグラフを書いたとき、右上がりの直線を描いて、過去の事象が描く傾き(トレンド)から未来の事象を予測する考えのことです。時間が2倍掛かると問題の事象も2倍増加するから、5倍時間を掛ければ問題の事象も5倍になっている筈だって言うような考えです。日常的な物事の多くはこのような感覚にピッタリ合う事が多いものです。仕事や勉強の進み具合、何処かへの移動時間などがそうです。

 これに対し、日常の中には僅かですが「指数関数的変化」と言うものがあります。利息の複利計算みたいなものです。鼠算的な増え方と言っても良いでしょう。一休さんの話にも、お殿様からご褒美を授かることになった一休さんが碁盤を持ち出し、その一桝に1粒、2粒、4粒と倍々に増やして米粒を置いて欲しいと要求した話です。有名な話なのでこの結果は誰でも知ってますよね?このように、指数関数的変化は、人の比例関数的な日常的感覚とは大きく異なっています。

 この感覚を理解していただく為に、試しにこんな話はどうでしょう?新聞紙の厚さを1ミリの10分の一の0.1mmとしましょう。その新聞紙を1回畳むと0.2mmの厚さになります。それを更に畳むと0.4mmの厚さになります。こうして何回畳むと富士山の高さを越えるでしょう?あははは・・チョッと考えて見てください。

 えっ?進化と退化の話に、何でそんな話しを持ち出したかって?関係ないだろう?いえいえ、それが大いに関係あるんです。文明や科学の進化って、実は指数関数的変化なんです。そうなんです。人が最も発想し難い、イメージの描き難い変化なんです。だから注意が必要なんです。つまりこの変化は、そろそろ危険かな?用心しようかな?って思ったときは手遅れって事が多いんです。

 なんでだよ!そんなこと無いだろ?ですか?じゃ、先ほどの新聞紙を畳む話(この問題の答えはたったの三十回なんですよ。嘘だろうって?まあ、試しに計算して見てください。)を逆に考えてください。この場合、富士山の高さを越える1回前の厚さは1,500mチョッとくらいで、まだ半分くらいの厚さの筈です。このように指数関数的変化は直前まで限界値の半分だったものが最後のたった一回の変化で突然限界を超えるというくらい急激な変化を伴うのです。比例関数的変化になれた人は、限界値の半分くらいに危険が迫ったくらいでは誰も驚きません。ましてや10分の一くらいなら断然余裕があると思っています。でも用心しなければならないのはもっと前なんですよ。それが科学の進化の・変化の怖いところでもあるのです。(って・・脅かしてどうする?あははは)

 何が言いたかったかというと、我たちが持っている人間本来の優れた能力を大切にし、進化や退化を恐れるのではなく、これからもその恩恵を享受し続けるためには、進化と同時に加速度的に進む退化をどうやって食い止めるかが大切だってことです。それにはただ単に進化を享受し、退化に無防備であってはならないってことでもあります。皆さんは如何お考えでしょう?
                                                                    
                                          By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-30 23:26

(続々)進化って退化?

 落語の小話に、全く働こうとしない与太郎を長屋の大家さんが説教する話がありました。説教を聞いた与太郎は寝転んだままで、大家に「何で働かなきゃならないんだ?」と尋ねます。親代わりとなって心配する大家は色々と話し聞かます。それを聞いた与太郎はいちいち「それをするとどうなるんだ?」と執拗に食い下がります。質問責めとなった大家の辿り付いた結論は「金持ちになって左団扇で寝そべって遊んで暮らせるようになる」というものでした。それを聞いた与太郎は「それなら、何も働かなくたって、今でも寝そべって遊んで暮らしてるから充分だ」っていうオチのがあります。あははは・・働くのが馬鹿馬鹿しくなった?そんなことはありませんよね。

 人類の求める進化の方向は、この与太郎の考えのように空しいものである筈はありませんが、人々の願望は何を目指し何処へ向かっているのでしょう?決して自分の身体能力が退化することを望んでいないことは確かですが、誰でも仕事や生活をもっと楽に便利にしたい、なりたいという願望があることは確かです。
車も、電卓も、ワープロも、携帯電話も、PCも、人類が進化の過程で勝ち得た基本的能力を退化させるために生まれてきたものでは断じてありません。それぞれの発明品は、その優れた機能を発揮して、人々に賞賛の声を持って迎えられ、私たちの生活を飛躍的に楽で便利なものにしました。しかしその一方で、この十数年という短い時間で、多くの大切な生活能力を急激に退化させたことも認めざるを得ないのではないでしょうか?

 昨今のPCの発達は想像を絶するほどのスピードで人間の生活を根本的に変化させる兆しを見せています。道具の発達は、工場を益々無人化し、生産活動から人間を遠避けるでしょう。交通手段や移動手段も自動化が進み、時間も労力も著しく省いてくれるでしょう。家事労働の多くも自動化やロボット化が進むのではないでしょうか?IT革命はまだ始まったばかりです。人々が好むと好まざるとに拘わらず、私たちの生活は確実に、そしてこれまで以上に楽で便利なものに変わって行くでしょう。

 それだけは確かですし、この方向性は誰にも止められないことでしょう。だとすれば、私たちはそのことを恐れたり拒否するのではなく、どうすれば人間の基本的能力を極力退化させずに、それらの道具や暮らしを如何に上手に仕事や生活に取り入れ、便利さを享受出来るかを考えるしかないのではないでしょうか。(多分、それは女性の皆さんがダイエットに挑戦する如く、相当困難なことだとは思いますが・・・。って・・例が悪いか?あははは)

・・・ってとこで、話が長くなったので続きはまた^^w

                                            By 純一郎 
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-29 23:20

(続)進化って退化?

 電卓使ってから筆算が苦手になった。ワープロ(もう誰も使ってないw)使うようになったら漢字が書けなくなった。携帯使ってから電話番号は覚えられなくなった。カーナビ使うようになったら新しい場所の地理が覚えられなくなった。車に乗るようになって歩かなくなった。などなど・・・・挙げ出したらキリがありませんよね?
 便利さを手に入れて、その代償として頭脳低下や体力低下を招いた・・・なんて???こりゃほんとに笑い事じゃ済まないですよね!でもね、それがそれだけじや済まない話なんですよ!えっ?どういうことかって?これも皆さん経験されていると思いますが・・・ま、独り言ですから敢えて書かせていただきます。

 FAXやメールの発達で、会社に尋ねてくる営業マンの頻度が少なくなって、人間関係が希薄になったなんてのは便利さとの引き換えで、まあ許せるってことにしときましょう。私が許せないのは、その営業マンが偶に訪ねてきても、私から見れば昔の営業マンのように訪問の為の準備を充分にして来ないように思えるんです。カタログ、パンフレットや見積りに至るまで、悪く言えば会社に置き忘れて来ても、ちゃっかりと訪問先のFAXやPCを使って取り寄せてしまったり、OA機器のドライバーなら、CDを持参せずに、顧客先のPCからメーカーのHPにdownloadしに行ってインストールしてしまうって始末です。
 これと同じことが私の子供たちにも言えます。明日友達とTDLに遊びに行くと言うので、昔人間の私は、行き違いになったら大変と思い、何時に何処で待ち合わせているのか?などとついつい聞いてみたりしちゃいます。でも聞いても、漠然としているんです。細かい事は、当日携帯でやり取りして何とかなるって言うんです。へ~~便利になったもんだと思う反面、携帯が通じなかったらとか、相手が忘れてきた時はどうするのかな?と思ったりしちゃうんです。

 ま、ずぼらな営業マンにせよ子供たちにせよ、不測の事態についての責任は自分で取ればいいんですから私の知った事ではありませんがね。私の一番気懸りなのは、不測の事態に対する危機感が欠如している事や用意周到とか準備万端とか言う観念、或いは計画性という人間が生きて生きて行く上で非常に大切な能力を失いつつあるのではないかってことです。

 これってかなり大きな問題だと思っています。会社でも家庭でも、かく言う私自身も、計画性が徐々に欠如し、行き当たりばったりになりがちです。それでいて何とかなっちゃうと言うところが・・困ったものです。それが延いては危機感や警戒心の希薄さにも繋がって行くのではないかと思ったりするのは考えすぎでしょうか?皆さんどう思います?(えっ?知らん!そ・そんな・・・)

                                             By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-28 23:17

進化って退化?

 今回は法則って訳じゃありません。それに宇宙の話ほど夢のある話でもありません^^w

 ま、・・何時もの他愛無い独り言には違いありませんが、ちょっと愚痴っぽいかも知れません。あははは

 終戦の年(昭和20年)に生まれた私は、戦時中や戦後直後の混乱こそ知りませんが、今から思い返しますと、成長期の若かりし頃には本当に何も無かったんだなぁ・・と信じ難い思いがします。
 壁にコンセントなんかありませんでした。天井から下がった裸電球のソケットに、松下幸之助さんの世紀の大発明となった「二股ソケット」を取り付け、そこからラジオの電源を取っていました。親爺が手作りでニクロム線を雲母盤に巻いたトースターを作って、その二股ソケットから電気を取ってパンを焼いたり、やはり手作りで作った(当時としては珍しいモーター式の)レコード・プレーヤーを繋いでSPレコードを聴かせてくれたのには感動した覚えがあります。あははは・・若い人には何のことか分らないかな?

 もちろんテレビも、洗濯機も、冷蔵庫もありませんでした。我が家に無いというだけではありませんよ。まだ日本では製造されていなかったんです。車なんか殆ど走っていませんでしたし、自転車や電話だって、商売をしている人が商売道具として持っているというという程度だったと思います。

 なんか笑っちゃいますよね?・・何代か前の先祖の暮らしの話をしてるんじゃないんですからねw。それからの物質文明の変化は筆舌に尽くし難い、当時からは見れば想像を絶するほどの激変と言っても良いのではないでしょうか?私の子供達ですら、画面に点と線だけしか出てこないテレビ・ゲーム(テニスゲームって呼ばれてたかな?)から始まり、プレステまでに起こった変化や、ポケベル、ポケベルでのメール、携帯メールなどの変化を思い出しては笑っています。年寄りの思い出話じゃあるまいし・・・考えりゃ変ですよね?

 私たちはそのようなドラスティック(激烈)な時代の変化を、文化や文明の急転開を目の当たりにし、激流に飲み込まれ、流されるかのように(今も流されている最中なのかも・・・)生きています。その流れに上手にボートを浮かべ、楽しそうに快適に過ごしている人もいれば、アップアップ溺れそうにもがいている人、沈んでしまった人、水に入るのを恐れ岸に上がって流れ行く人を見送る人・・・いろいろでしょうかねぇ・・・私は果たしてどれなのかな???

 閑話休題:人間の進化や文化、文明、環境問題などを話題にするのも悪くは無いけど、あまり固い話題や頭の痛くなる問題はここではチョッと避けておきましょうw。

 でも、皆もお気づきでしょうし、実際に悩まされている問題でもありましょうが、進化と退化は大親友で、何時もセットでやって来ますよね。全く始末が悪い!今日はこの問題を取り上げて見ようかな?って思ってます。あははは・・って笑いごとじゃないか?

                                             By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-27 23:12

(続々々々)宇宙って?・・・宇宙の大きさ(構造)

 しかし、宇宙の大きさはそんなものでは終わらないのです。その銀河系宇宙っていうのを太陽系よりワンランク上の小宇宙って言ったでしょ?そうなんです。大宇宙と呼ばれる本当の宇宙から見れば、銀河系宇宙自体が砂粒のように小さな塊の宇宙に過ぎないんです。そして、これまた気の遠くなるような話ですが、大宇宙の中には、このような銀河系宇宙のような銀河と呼ばれる砂粒が更に1000億個ほども存在しているのだそうです。

先ほどの砂粒の話に戻ってもう一度イメージして見ましょう。小さな砂粒の一つを太陽系という宇宙空間と考えた時、10リットルのバケツ一杯に詰まった砂粒を、一粒づつ十分な距離を持ってバケツ2000杯分ばら撒いた広場が銀河系という訳なんです。そして、その銀河系という広い空間を先ほどと同じ小さな砂粒と見なして考えて、これまた同じように10リットルのバケツ一杯の銀河の砂粒を、やはり同じように一粒づつ十分な距離を持って1000杯分ばら撒いた広さの空間が大宇宙という訳です。如何ですか?想像がつきましたか?

あははは、私は学者でも専門家でもありませんし、学説にも色々ありますので、ここに挙げた数値にはあまり拘らないで下さい。ただ漠然と風船のように膨らんだただ大きな空間のようなイメージだった宇宙について、少しは具体的なイメージが出来ましたでしょうか?宇宙って何て大きいんだ・・とか、地球って星は宇宙の中では何てちっぽけな存在なんだ思いましたでしょうか?

それにしても、この世界は、素粒子が集まって原子が出来ていて、その原子が集まって物質が出来ていて、その物質が集まって星が出来ていて、星が集まって小宇宙が出来ていて、小宇宙が集まって更に大きな宇宙が、そしてまた更に大きな宇宙へと・・無限に小さな世界から無限に大きな世界まで全てが「入れ子」のような構造になっているってことにも驚かされますね。つまり、この世に存在する全てのものが、宇宙全体の構造のように、幾つかの決まった構成要素の集合体であって、それがまたもっと大きなものの構成要素の一つになっているということの繰り返しで出来ているってことです。よく考えるとそのこと自体も不思議でしょ?

次はどんなお話をしようかな?お楽しみに

                                            By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-24 23:08

(続々々)宇宙って?・・・宇宙の大きさ(構造)

 私たちの住んでる地球は、太陽系という小宇宙に存在しているのは知ってますよね。この太陽系という小さな宇宙は、太陽という恒星(自分で光り輝く燃えている星)を中心にして、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星という9つの惑星(恒星の周りを周回する自分では光らない冷えた星)で構成されています。勿論、それぞれの惑星には、その周りを回っている月の様な衛星を何個か持っていることもご存知でしょ?宇宙の大きさを考える時には、この太陽系のような(一つの恒星とそれを取り囲んで回っている惑星の集団)小宇宙を最小単位として考えなければならないんです。勿論、宇宙にある恒星がみんな太陽みたいに惑星を従えているとは限りませんが、もっと多くの惑星を従えているものもあります。色々です。
この小宇宙の大きさを先ず最初に考えてみましょう。太陽系では、太陽と地球との距離を1とすると、一番外側の冥王星と太陽との距離はその40倍ほど離れていて、その距離は60億キロメートルほどだそうです。光りの速さ(光りは1秒間にナント30万キロメートルも走るんですよ!)で走っても5.5時間ほど掛かる距離です。そう言われても良く分らないでしょうが、太陽系という小宇宙だけでもとてつもなく広いということだけは何となく分って貰らえたのではないでしょうか?

これを最初に説明した砂粒の1個だと考えてください。(何だって?太陽系が砂粒1個分?そんじゃ・・地球は何処に行ったんだよって?あははは・・その砂粒の中の何処かにある筈ですがねぇ・・)そして、その砂粒が2000億粒ほど集まっているのが私たちの太陽系が属している銀河系宇宙と呼ばれるもうワンランク上の小宇宙なのです。

分りましたか?そうなんです。太陽以外の恒星が全て太陽と同じ数だけ惑星を従えている訳じゃないけど、それと良く似た恒星(太陽みたいな星)が銀河系宇宙の中に2000億粒もあるんですよ。しかも、太陽に一番近い恒星(ブロキシマ)って星は、太陽の直径の3000万倍も離れた距離にあるって言うんですから、銀河系宇宙の大きさが分るってもんです。

・・・ってことで、この続きはまた明日^^w

                                              By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-23 23:05

(続々)宇宙って?・・・宇宙の大きさ(構造)

 宇宙が今も尚大きく膨らんでいる事や、150億年ほど前にはピンポン玉どころか針の先ほどもない、いやそれどころかも無と言う状態から始まったという話を前回しましたよね?今回はその宇宙の大きさや簡単な構造についてお話しましょう。

直方体(何だよ!難しい事いうなよ!ってか?あはは)ってあるでしょ?。言い換えましょう。サイコロの形のことです。その縦、横、高さが0.5mmのサイコロを想像してください。なんて小さいんだって?そうなんです。砂粒の話をしてるんです。
もし、縦、横、高さの長さが1mmの半分という小さな砂粒があって、この小さなサイコロに形をした砂粒が、10リットル入り(1リットルの牛乳パック10本分の量)のバケツに一杯詰まっているとしましょう。
このとき、このバケツに砂粒は何個入っているでしょう?(そんな事知るかって?そうでしょうね・・・)計算上の答えは、8千万粒です。これだけの量の砂粒を床に撒いたら、凄い量だと思いませんか?(ん?掃除が大変だから、やめてくれって?うんうん・・そりゃそうですよねw)

数字って、どこかとっつき難くて、大きな数字はイメージが涌きませんよね?8千万円って聞けば年収の何年分だぁとか考えたりするかも知れませんが、砂粒が8千万粒って言われてもどのくらいの量か想像つかなかったでしょ?これで少しは具体的なイメージが涌きましたか?だから一億粒って言うと12.5リットル分って訳です。まあ・・バケツに砂を目一杯詰め込んだってイメージでしょうか・・・
えっ?一億個の砂粒がどうしたって?あははは・・宇宙の大きさの話に砂粒がどんな関係があるんだって?確かに・・砂粒は宇宙そのものとは関係ないんですが、これからお話する宇宙があまりに大きいものなので、反対に物凄く小さなものを喩えに持ってこないと大きさのイメージが湧き難く面食らうんじゃないかなって思ったんです。・・・あははは(ん?いきなり砂粒の話の方が面喰らうって?う~ん、そうかも・・・でも、もう話し始めちゃったので許してください。)

・・・ってことで続きは明日^^w

                                           By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-22 22:59

(続)宇宙って?・・・宇宙の始まり(ビッグバン)

 時間は、過去から未来に向かって絶え間なく時を刻んでいますよね?宇宙って言うのは、ずーっと昔から、今と同じだったんでしょうか?

 それが学者達の最初の疑問でした。今、分かっていて正しいとされている答えは、宇宙は昔から膨らみつづけていて、今も、そしてこれからもずっと膨らみつづけるだろうってことです。何でそんなことが言えるんだ・・って?
 それは地球上から観察される全ての星が、一斉に地球から遠ざかって行っている事が確かめられたからです。と言うことは・・・未来に進むほど宇宙は大きくなって行くことですから、過去に遡るほど宇宙は小さかったことを意味しています。

 そうなんです。過去に遡るほど宇宙が小さかったと言うことは、宇宙が点のように小さかった時代があると言うことであり、その小さな点が生まれた宇宙の始まりがあったと言うことでもある訳です。

 この宇宙の始まりの様相(この時期の宇宙の様とか状態とかのことです)をビックバンと言います。この時期、何も無い「無」という状態から、宇宙という「有」という空間が生み出された訳です。宇宙の誕生の瞬間です。このことを学者達は、「無という相」から「有という相」に転換したとも言い、無から有への相転換が起きたと言うような言い方もします。

 この宇宙の始まりの様相は、一定の安定状態に到達するまでの信じがたいほど短い時間に、今この宇宙を形成している物質の殆ど全ての要素が次々に生み出され、形作られ、その宇宙空間も一定の大きさまで爆発的に膨張したと考えられています。それ故、この宇宙の始まりのことは、その爆発的様相から比喩的にビックバンと名付けられたのだそうです。ただし、その時に何らかの爆発が実際に起きた訳では決してありません。念のため。

                                          By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-21 22:56

宇宙って?

私たち人間が地球って星に住んでて、その星が銀河系宇宙ってとこにあるらしい。ってことは誰でも知ってますよね?(あははは・・バカにするな!って?すみません)

 宇宙って言うと、ビッグバンとか、ブラックホールとか、銀河とか訳の分からない言葉が出てきて、ちょっと近寄り難いといったイメージがしますよね。
 しかしまあそんなことをあまり詳しく知っても、日常生活に特に役立つわけでもありませんから、それはそれで専門家にお任せすることにしましょう。世の中には知っておくべき色んなことが有り過ぎて、その全てを知ろうと思っても無理がありますからねw。

 でもでも、新聞やテレビに良く出てくる言葉としてのビックバンや銀河、宇宙という言葉には興味があるでしょ?・・えっ?無い?その場合は・・・???
どうしましょう?

 ま・・ともかく、今回は宇宙の大きさの話に絡めて、数回に分けてそういった言葉について私なりに少し分かり易く説明してみようと思います。
 何で?それを知ってどうするの・・って?う~ん・・別に何の特にもならないかも・・・・でもですね・・私の場合ですがね・・・日常の出来事に気持ちが滅入りそうになった時に、広大な宇宙や自然の営みの大きさに思いを馳せるんです。そうすると、そういった出来事が取るに足らない小さなことだと思えるんですよね・・・まあ・それくらいでしょうかね・・知ってることの取り得っていえばw。

 ところで、私は学者でも、その道の専門家でもありませんから、あまり詳しい説明は出来ませんし、この分野は専門家の間でも色々な学説があって完全に統一した説明が無いということを予めご了承ください。(と、何時ものように、さりげなく言い訳をしておいて・・と)
 順番からしても、最初は宇宙の歴史の話からしましょうかね?

                                            By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-20 22:54

(続々々)量と効果の法則?

「質と効果の法則」は成り立つのか?

閑話休題:その刺激の質について光りや音に関して考えて見ますと、波長という物理量の大小によって確かに色調や音階が変わります。波長により人間の感覚器官が捉えられる範囲があって、光りや音などでもあまり長い波長や短い波長の物は感知する事が出来ません。そんなことから、波長の違いを感覚器官が捉える刺激の大小のように錯覚しがちですが、決してそうではありません。波長の長さの違いは、刺激の量や強さとは異なった別の尺度で測られる物理量なのです。

波長の違いの場合には、刺激の量(強さ)とは違い、感知できないほど長い波長の波が無害で、短い波長だと有害になると言う訳ではありません。残念ながら「質と効果の法則」は「量と効果の法則」のようにそんなに簡単に記述する事が出来ないようです。

何故これらの刺激の二大要素「質と量」が異なった法則に支配されているのでしょうか?私見ですが、それは恐らく、これらの刺激の「量」という要素は、人体に「物理的」「化学的」に作用するのに対し、「質」という要素は、人間の「感性」「感情」「情緒」というものに作用していることに起因しているからではないでしょうか。

「量と効果の法則」に欠陥あり?・・・ですか?いえいえ、量と質は本来全く「次元」の違う要素なのです。このように次元の違う要素を別の次元の法則に当て嵌めること自体が無謀な事だったんです。

質と量・・・同じ刺激であっても、これらの物理量が全く違った尺度で表わされるとき、それぞれの尺度を「次元」と言ったりします。質という次元と、量という次元、それぞれ異なった次元で光りや音をはじめとする様々な刺激を言い表す事が出来ます。勿論、質的要素を更に幾つかの異なった次元(尺度:「色彩」と「色調」とか「音階」「と「音色」)で表わして、もっと複雑な分類をすることも出来ます

日常的にも「次元が違う」なんて言葉がありますが、私たちは日常生活の中で、同じ物事を議論しながら、そこに潜む、本来なら全く次元の違う要素を、一緒くたにして話をしていることが結構あります。そのために問題を複雑にしたり混乱させている事が多いものです。それこそ、それらを図表に表わして考えを整理して見ると、一目瞭然ってこともありますよ。話が混乱した時には、次元を意識して、考えを図表に整理することも一案です。お薦めですよ。

さてさて、このひとり言は今後どんな方向に発展するのやら^^w・・・知~らないっと
     
                                            By 純一郎
[PR]
by m_tanijyun | 2003-10-19 00:41