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(続々)冷静な判断って?

 不況時の一つの特徴として、ギャンブルの流行や詐欺事件の横行が良く挙げられます。う~ん、確かに人は経済的に追い詰められたりすりと、どうしても一攫千金に期待したくなるものですよね?また詐欺を働く人間にも、どこか濡れ手で粟というか一攫千金的な考えが窺えますし、騙される側にも、矢張りどこか甘い期待をしていたという安易な気持が窺えます。

 思い通りにならない時、大きく期待を裏切られた時、それに限らず著しく感情に激した時などには、普通なら絶対に踏み越えない一線を、いとも簡単に踏み越えてしまい、自分でも思いもよらない行為に及ぶことすらあります。

 冷静さを失うという事は、このようにとても恐ろしいことです。冷静な人から見れば、或いは事件を起こしてしまった当のご本人ですら、冷静になってみれば、まさに「正気の沙汰ではない」とか「常軌を逸した」という行為を、平気でやってのけてしまうのですから・・。

 冷静な判断とは、所謂「理性」が感情を押さえ、コントロールし、現実を正確に観察・分析し、甘い罠に隠された凶器や毒の存在を見抜いてくれるからこそ実現できるものなのでしょう。だから、「元々確率の低い勝負をしてるのだから、それ以上冒険すると元も子も無くなるぞ!」とか「そこまでやったら犯罪行為だ!どんなに頭に来ても、どんなに苦しくても犯罪には手を染めるまい」とか「チョッと待てよ!・・そんな甘い話は無いぞ!」といった理性の壁やハードルとなって働いてくれて、冷静であればあるほど強い抑止力となってくれるのではないでしょうか?

 ところがどうでしょう。前にお話した麻雀の例でもそうですが、どんなに知識や教養があっても、どんなに深い洞察力や緻密な思考力を持った人間であっても、ひとたび追い詰められ、冷静さを失うと、この理性の壁やハードルが脆く低いものとなり、苦境を脱したいという願望や甘い期待がコントロール不能なほど大きなエネルギーの塊となって、抑止力を一気に吹き飛ばしてしまうのです。

 その結果として、冷静さを失った人は、信じ難いほど低い確率の勝負に平気で挑んでしまったり、モラルを踏みにじり、犯罪にすら手を染めてしまうのではないでしょうか? こうして考えてみますと、心の健康があってこそ初めて、冷静で、より良き判断が出来るものとの思いを強くします。

 う~~ん、僕も近頃怒りっぽくなったからなぁ~・・・気をつけなくっちゃ冷静に、冷静に・・・と。。。ん?そりゃ歳のせいだろって?
  
                                         By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-06-30 13:33

(続)冷静な判断って?



  学生時代の私は、覚えたての麻雀にかなり嵌まった時期がありました。麻雀をやった事がある方なら誰しも経験があると思いますが、麻雀は4人でやるゲームなのでそれ以上の人数が集まると、余った人は待機していて、2抜けと言って対戦で2位になった人と交代する事が多いのです。(余談ですが、これはトップやビリの人が交代に回ると、トップの人を倒す機会や、ビリの人が負けを取り戻す機会を奪う事になるので、バランスを保つ為に考え出された優れたルールなんです。あははは)

 閑話休題:(って・・何時も話が脱線する・・)とほほほ。
 ゲームに参加できず、待機に回って他人がプレイしているのを見るのも結構勉強になるものです。一人一人のプレーヤーの癖や性格、戦略の組み立て方なども分りますし、上級者からは、麻雀と言うゲーム自体の戦略や戦術も学べます。そこでいろいろな事を学びましたが、人間の判断と言うものがこれほど感情の起伏と係わりがあると思い知らされた事はありませんでした。

 ある先輩のゲームを見学させて貰って居た時の事です。彼は頭脳も明晰で麻雀の経験も豊富で、何時もの通り素晴らしいゲーム運びと戦術で、着々と点数を増やして行きました。彼の麻雀と言うゲームを知り尽くした戦略は完璧で、瞬時の判断力の確かさに驚かされたものです。

 ところがところが、ゲームとは不思議なもので、有り得ないほどの偶発が重なり、殆ど初心者のような人が信じられないほど低い確率の牌を引いて上がり続けることもあるのです。するとどうでしょう、負けが込んできた先輩のゲーム運びに変化が生じてきました。そして、これがあの頭脳明晰で戦略戦術に長けていた先輩か?と思うような手を打つようになったのです。

 人間とは脆いものです。冷静さを失った途端に判断力に狂いが生じたと言う訳です。彼の基本的能力からすれば、一時的なスランプや逆境は、長期的視点に立てば慌てずとも回復可能なのは、冷静な第三者から見れば火を見るより明らかです。それにも拘らず、冷静さを失った人は、彼のように無意識の内に起死回生を期待し、確率の悪い戦術を選択してしまうものなのでしょう。当然のことながら、私も同じ情況に陥れば同じような手を打ってしまうのだろうなぁ~と思い知らされました。

 この話はまだまだ続きます~♪・・って勝手にしろ!ですか?あははは。

                                           By純一郎
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by m_tanijyun | 2004-06-25 13:31

冷静な判断って?

人工頭脳とも呼ばれるコンピューターは、元はといえば電子計算機と呼ばれる演算装置でしたが、数値という(情報:データ)を大量に短時間で演算処理し、類似性・同一性・大小関係などを瞬時に比較検討する機能を組み合わせ、人間の思考と類似した様々な情報処理能力を持ち合わせています。これこそが単なる演算装置が今や人工頭脳と呼ばれる様になった所以でもありますが、その思考能力の根幹をなしているのが「判断機能」ではないでしょうか?

 何だ何だいきなり!。。そうですよね!あははは。今回の独り言のテーマは「冷静な判断って?」です。ただし、人間と言う感情の動物が行なう判断の話です。

 人は様々な思考活動を行ないますが、生命活動を維持する上で必要不可欠な思考能力の一つがこの「判断機能」であると思います。人はある目的を持って情報を集め、処理し、比較検討し、一定の判断を行うことによってその目的を達成するという行動様式を持っています。
 すなわち判断は、一般的に、その人が収集した情報を比較検討し、目的を達成可能な幾つかの選択肢の中から、一定の判断基準と照らし、最も優位と思われる一つ解決策を採択する行為と言えます。

 この意味からしますと、同じ量と質の情報からは、判断基準が同じなら、同じ判断が得られる筈です。実際コンピューターは、基本的にはそう言う判断をするものです。しかしながら、人間は「感情」を持ち合わせ、その感情は環境により激しく変動するため、何時も一定である事は有り得ません。それと同時にと言いますか、それが故と言うべきでしょうか、人間は判断基準を一定に保つのが苦手です。その結果として人間の判断には常に「迷い」というものが付き纏います。

 この事を人間の利点と考えるか欠点と考えるのかは視点により違いますので、それこそ誰にも明確な答えは出せないでしょう。と言うより、これは単に両者の持つ特質であると理解すべきことと考えた方が良いと思います。

 さてさて何時もの通り前置きが長くなりましたが、今回の独り言のテーマ「冷静な判断」ですが、そのそも判断そのものが判断基準によって異なりますので、絶対的な「判断の正否」を論ずるつもりは更々ありません。ただ、「冷静な」とある通り、人の判断には感情と感情の起伏が大いに関係すると言う話を、自戒の念を込めてお話します。

 ・・ってことで話が長くなりそうなので、ここらでチョッと一休み♪   

                                       By 純一郎                                    
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by m_tanijyun | 2004-06-20 13:21

甘夏柑ママレードの作り方

甘夏柑ママレードの作り方(柑橘類に共通)

①ピーラーを使い表面を薄く剥く。これにより、出来上がりの食感が良くなる。

②四つ割りに皮を剥き、実と皮に分ける。

③実はそれぞれ薄皮を剥き、種を取り去る。 可食部分のみを残す。

④皮は両端を切り捨て、残りを幅2mmくらいに細く切り揃える。

⑤細切りした皮は一度湯でこぼし、水に晒して苦味を取る。長く晒すほど苦味が
 減る。晒し終わったら水を切る。

⑥可食部分の実(③)を同量の水を加えてペースト状になるまで煮詰める。
 水分が殆どなくなるほど煮込むので、最後は細火で焦げないよう注意する。

⑦ペースト状にした実に、⑤の細切りした皮を加えて火に掛け、砂糖を二回
 に分けて加え溶かし混ぜる。
 砂糖が溶けたら強火にして一気に煮詰め仕上げる。(ジャム状にする。)
 弱火で煮詰めると飴になってしまう。 砂糖の量は果実重量の70%が目安。  

⑧瓶と蓋を煮沸消毒して伏せて置く。 これに熱いままのママレードを詰め、
 蓋をしてから10分ほど逆さまにして、蓋および瓶の口の殺菌をする。
 その後元に戻して冷めるまで放置する。


以上です。お試しください。
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by m_tanijyun | 2004-06-15 13:10

(続)こんな奴にイエローカードだぁ~!

 前回の続きで~すあははは。自転車繋がりの話でぇ~~す。

 自転車が大好きで愛用している私は、自転車のマナーの悪さには何時も悲しい思いをします。放置自転車の問題や二人乗りや並走などの問題は今に始まった事ではないでしょう。        

 最近とみに目に付くのは、前回にも書いたヘッドフォンしたままとか携帯電話したまま走行する若者たちです。彼らが危険な目に会うのは多少とも自業自得的な面もありますが、困るのは、それに巻き込まれて全く関係ない第三者が被害にあったり、場合によっては加害者にもなり得るという点です。

 先日目にした光景は、呆れ果て、怒りを通り越して思わず笑ってしまいました。それは高校生くらいの若い女の子でしたが、右手でタバコを吹かしながら左手で携帯を持ち、おしゃべりし、自転車のハンドルに両肘を着いて操作しながら、ナントナント自転車を走らせていましたぁ~。何でそこまでしなきゃならないんだぁ?

 商店街の前にある歩道はもっと悲惨です。歩道としての機能は殆ど奪われていて、その半分は、歩道に面している商店の売り場と化していて、残りが一時的な駐輪場化しているのです。その僅かな隙間を、歩行者と自転車が通行にも使っているなんて・・・・信じられません!

 かてて加えて、そこにやって来る自転車の「お客様」のマナーの凄いこと!歩道脇に止められないとなると、走って来て止まったその場(なんと歩道のほぼ中央ですよ!)に自転車を放置してお店に入ってしまう人まで居るのです。ぎょへ~~!信じられん!この人どういう神経してるんだろう?@@ですよね?

 これって、東京だけのことなんだろうか?「都会の狂気」という言葉があるけど、華やかで便利な反面、単位面積あたりの人口密度が高すぎると、そこには常軌を逸した生活が日常化してしまうという恐ろしい側面も起こるんですねぇ~・・・僕が毎週郊外に出掛けるのも、その都会の狂気から逃れたいからかも・・・

                                             By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-06-10 12:37

こんな奴にイエローカードだぁ~!

 ん?なんだ、いきなり・・・ってか?あははは。

 常識って?って書いたことあるけど・・・モラルの低下と共に常識どころか良識なんて口にするのも空しい気もします。価値観の多様化と言えば何か格好が良いけど、それでは済まされない、無秩序な世の中になったものだと悲しくもなります。とほほほ。

 僕は健康上の理由で毎晩のように小一時間近所を散歩しますが、サッカーの審判のように、もしイエローカードを持っていてそれを提示する事が出来るなら、絶対にイエローカード(レッドカードも必要かも・・)出してやるっ!って奴や出来事に嫌と言うほど出くわします。

 そんなこと言ったら皆そう思っているのだろうし、僕自身も他人に不愉快な思いをさせていることもあるのかも知れないと、頭を冷やして反省したりもするのですが・・・これほど常識を共有出来ない世界では、価値基準自体が違うのですから、モラルなんて言うほうが無理なのかとさえ思ってしまいます。

 猛スピードで出会い頭にぶつかりそうになった自転車同士の若者が、お互いに凄い形相で睨みあってるのを見ると、もしあれが衝突してた時、一体どちらが被害者で加害者なのだろうと思ったりもします。

 見ればお互いにヘッドフォンをして、周りの音や気配すら感じる事の出来ない自分の世界に浸りきった者が、ただひたすら目的地に向かって自転車を走らせているだけでは、事故が起こらないほうが不思議なくらいだ。

 こんな事でも裁判にでもなれば優劣をつけてどちらがより正しかったか?なんて裁定が下るのかなぁ~なんて・・・考えると変ですねぇ~。

 これは都会を中心とした現象なのでしょが、老若男女を問わず、街でも建物の中でも、お互いに道を譲り合う光景が非常に少なくなったのは嘆かわしい事です。一体何がどうなったんだぁ~~

                                            By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-06-05 12:33