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物事の狭間?

 「無から有は生じない」と言いますが、じゃ、有は一体何から生じたのでしょう?あはははは。
 これって「鶏が先か、卵が先か」って言う議論に似てますよね?
 
 確かに、鶏は卵から育つものですが、その卵は鶏が産む訳ですから、一体どっちが先にこの世に存在したのか?って考えたくなるのは当然のような議論です。
 
 哲学的議論は別として、生物学的と言いますか科学一般の総合的知見からすれば、生命体そのものの進化論的考察などから、高等動物とされる多細胞生物は単細胞生物から進化し、単細胞生物はそれらを構成するミトコンドリアのようなオルガネラと呼ばれる細胞内小器官の集合体として進化し、それらの小器官は、構成要素であるタンパク質等から進化し、そのタンパク質はアミノ酸から、アミノ酸は炭酸ガスや窒素化合物などから・・・と、考えられています。

 こうして物事のルーツを辿れば、如何なるものも結局のところは「有」の根源にたどり着き、挙句の果てには、そもそも「有」とは何ぞやという議論となり、「有」の根源は「無」であるということになるのかも知れません。否、「有」と「無」とは、その存在形態を異にしているが、実は同じものの様(相)の違いに他ならないのかも知れません。

 それはさて置き、生物学で進化の過程を表わす時、系統樹(進化の木)という手法を用います。この木の枝先の葉から根元の方に辿れば、その生物のルーツに行き着きますが、その反対に根元から辿ると、生物が進化の過程で環境などに適応して、様々な生物に分化していった事が分ります。

 ところで、物事や考え方も同じように進化すると考えられますので、系統樹として表わすと分りやすく、皆さん良くご承知のとおり、戦略会議、マーケティング手法、品質管理手法など、様々な管理手法で良く用いられています。

 今回は、この系統樹で言うところの分岐点について考えてみたいと思います。・・・・ということで、続きは、また今度。。。

                                           By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-08-30 14:38

(続)ユビキタス社会って?

 ICタグの導入では、小売店では、あらゆる商品情報などを記録したICタグを装着することで、商品棚に開示すべき商品情報を表示する機能を付ければ、お客様が購入時点で知りたいと思っている「商品の生産者情報」や「加工履歴」なども開示可能となりますし、レジでは精算の際に買い物かごの中身を取り出さずに、お買い上げ商品とその金額を、一括して読み取ることができます。
 勿論、在庫の棚卸しも同様にICタグでほぼ自動化できるはずですし、万一不良品や事故品が発生した場合の製造元や製造状況を追跡調査することも非常に容易となります。製造業者でも、製品に製造番号などを記録したICタグを装着しておけば偽造や盗難の被害を防ぐのに有効だと考えられています。

 このように、ICタグを活用するメリットは予想以上に大きく、今後は、さらに多様な分野への導入も検討されています。
 例えば、家庭でも、冷蔵庫の中身が全てドアを開けずに調べられたり、購入日付や賞味期限などの情報も一目で分る様にすることも可能ですし、幼稚園などでは、インターネットとつながっているカメラを設置し、園児の名札にICタグを付ければ、ICタグからの情報で、園児がいる位置を父母らは自宅のパソコンで確認することも可能です。薬に応用すれば投薬ミスや飲み合わせの間違いなども減らす事が出来るでしょう。

 いやぁ~~、なんだか僕らはPCだネットだと、表面的なIT化社会で遊んでいるだけですが、その裏では、凄まじい速度で「IT化による社会変革」が着実に進んでいるものなんだなぁ~・・・と思う今日この頃です。

 この状況喜ぶべきか、憂うべきか・・・
 斯く言う私も、あれほど抵抗があったカーナビも、使って慣れると・・・・・ヤッパリ便利さには敵いませんよね?
 ま、せいぜい偶に郊外にでも出かけたり、ガーデニング、散歩やサイクリングで、脱文明社会を満喫するのが、ささやかな抵抗と言ったところかな。。。あははは。
 
 アナログ人間( * ^。)ノ◇""ガンバレ~~~・・・ってか?

                                            By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-08-21 14:32

ユビキタス社会って?

 昨今の新聞紙上で、「ICタグ」とか「ユビキタス社会」といった言葉を良く目にするようになりました。

 ん?なんじゃそりゃ?・・ですか?・・・・ですよねぇ~。誰がこんな不思議な言葉を持ち出してきて流行らせるんでしょう?まったく迷惑な話だ。ま、それはともかく、話しを先に進めましょう・・・・

 ユビキタス(ubiquitous)とはラテン語で、いたるところに存在する(遍在)という意味だそうです。[う~ん・・同じ読みの「へんざい」って言っても偏在って書くとこれとはまったく正反対に「一箇所に偏(かたよ)って在ること」って言う意味になるんだから・・日本語はまったくもってややこしいですね?]

 ユビキタス環境とは、インターネットなどの情報ネットワークに、いつでも、どこからでもアクセスできる環境を指し、このような環境が普及し、一人が複数のコンピュータを使う「ユビキタス・コンピューティング」が実現した次世代の高度情報化社会を「ユビキタス社会」と呼ぶのだそうです。

 ユビキタス環境では、アクセスに使う端末は、パソコンや携帯電話に限らず、冷蔵庫や電子レンジといった家電製品、自動車、自動販売機等もインターネット接続され、今開発途上のウェアラブル〈着られる)・コンピュータと呼ばれる、身に付けるコンピュータなども実用化され、大いに活用されるようになるものと思われます。

 このユビキタス環境を実現する主要技術は色々ありますが、その一つとして今、「ICタグ」あるいは「RFIDタグ」(Radio Frequency Identification)が注目されています。(ん?・・・また訳の分らん言葉を・・・ですか?あははは)

 「ICタグ」とは「IC=集積回路」と「タグ=荷札」を合わせた合成語ですが、荷札として対象物に取り付ける「ICチップ」と「アンテナ」から成っています。
 これまでの荷札やバーコードとの大きな違いは、ICチップという非常に小さタグに膨大な情報を収納出来る点と、ICチップ内のデータには、外部からの電波でアクセスできますので、必要な時、必要な情報を、直接タグに触れることなく素早く取り出す事が出来ると言うことでしょう。

・・・・・つづく
                                           By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-08-20 14:27

(続)お見合い?^^w

 ●●さんこんにちは~・・おひさです^^w

 あはははは・・そうですか、それは良かったですね!

 「し、信じられん!!」とか 「私の目に狂いはなかったわ」 とか おもしろい方だぁ~~あははは。

 この二つの言葉の反対方向のベクトルが、●●さんの今のお気持を素直に表現しているようですね?なんか、他人事ながら嬉しくなっちゃいます

 ひょっとしたら、その素直に自分のお気持を表現できる貴方の性格がチャームポイントだったりするのかも・・・

 自分が「おしゃべり」だったり「話し好き」だったりするので言い訳をするつもりはありませんが、「言葉は諸刃の刃」と言いますが、その一方で「無言のままでは真の相互理解は得られない」と常々思っています。

 誰も人の心を支配する事など出来ません。親兄弟や友人など、自分の身近にいたり殆ど同じような生活環境や時間や空間を共有してきた人達でさえ、驚くほど考え方や価値観に食い違いが生じる事を考えれば、赤の他人との間では、誤解や思い違い、信念や主義主張の違い等は在って当然ではないでしょうか?

 黙っていては、自分の抱いた誤解は誤解のままですし、相手の自分に対する誤解も黙認した事になってしまいます。人と話すからこそお互いを正しく認識し、誤解を解く事が出来ます。ですから、話して誤解を受ける事を恐れるより、話す事によりお互いを良く知り、そこに誤解が在れば正す努力をし、それが相互の立場や考えの違いによるものであれば、相手の個性を認める事により、対立した価値観を受け入れることも可能となってくると思います。

 お・お~~~っと!また、余計なおしゃべりを!・・・・この辺で止めておこっと・・・あははは。でも、ここは純一郎の独り言の部屋ですから、お許しを!

                                           By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-08-15 14:20

お見合い?^^w

 これは、以前に純一郎の『独り言」をアップしていた掲示板に投稿のあった方からお見合い体験のお話が寄せられ、それに小生がコメントした記事です。

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 ●●さんいらっしゃ~~い^^♪

 えっ?お・お見合いですか?・・・いいじゃないですかぁ~~それはおめでたいと言うか、よかったですねぇ~~それに、その方と初めから本音のお話がお出来になったと言うことは、お相手の方が余程気の置けない心持の優しい方だったということですよね?あははは。

 人との出会いとはそのように偶発的なものが多いものですね?自分から求めてもなかなか出会えない人と、予想もしない偶然が人を引き合わせるものです。ともあれ、良き出会いに乾杯!

 真の人間関係や信頼関係は、その人の長所も欠点も包含し、それらを超越したところで成り立つものですから、生涯の伴侶をとお考えの方とは、いずれは本音で語らう時が必要なことも確かです。その意味からも、それはそれで良かったのではないでしょうか?

 確かに「人付き合い」と言うものは人生のあらゆる場面に不可欠な事で、そのそれぞれに様々なモラル、エチケット、ルール、要領見たいのものが要求される事があります。 でもそれって、実は本質的なものではありませんよね?人が社会生活を営む以上は、その社会生活を営むのに必要最低限のルールやマナーが必要なのは事実ですが、だからと言って、自分を偽ってまで自分を押し隠していたところで、特定の人との真の人間関係は築けません。

 勿論、それは解っていらっしゃるのでしょうが、それにしても、未だ将来を語り合うと言うような、それほど親しい間柄にも発展してもいないうちから、あまり個人的な価値観を決め付けてお話されたりすると、お相手の方の気持が少し引いてしまうという可能性も懸念されるかも知れませんね?男って見かけによらず結構弱気な動物ですから・・・あははは。

 いずれにせよ、もう既に口にしてしまった事は取り消すことは出来ませんので、今後も含め前向き思考で考えるしかないでしょう

 一言ご忠告申し上げるとすれば、自己の主義主張、信念と言ったものは人生にとって非常に大切なものではありますが、人の考えや信念と言ったものも、それ自体が絶対不変のものでもなければ、それを変える事が恥ずべき事である訳でもありません。より良き考えや信念に出会った時に、それを受け入れる度量も必要ですし、人との出会いは新たな信念との出会いであり、お互いを高めあう絶好の機会でもあると私は思っています。

 家庭を築く事は共同事業ですから、異なった個性を消す必要など全く無く、むしろ異なった個性を寄せ合う事に意義がありますが、全てに妥協の余地の無いものですと、お互いに共同で築き上げる作業は決して上手くは行きません。家庭は単に個性をぶつけ合うだけの戦いの場ではありませんからね。

                                             By 純一郎
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by m_tanijyun | 2004-08-05 13:30