(続々)物事の狭間[2]

 確かに、まだ、「みどりむし」や「ウィルス」くらいなら、物事の多面性と言いますか、「世の中広いんだから、変わったものが存在しても不思議は無い」と言って済ませられるかも知れませんね? 

 しかしながら、光に見られる「粒子」と「波」の「二重性」の問題は、それらとは明らかに意味が違うと思いませんか?。何しろ、この世に存在する「物」の根源が「粒子」なのか「波」なのかでは、基本的概念や適応すべき物理法則自体が異なる根本問題なのですから。これは不思議と言わざるを得ないですよね?

 でも、事実は事実、現実は現実なのです。私たち人間はもとより、宇宙全体を構成する物質の、根源たる「素粒子」そのものが、「粒子」と「波」という、相矛盾し相対する物性の両方を持ち合わせると言った「二重性」を持っているということは、一体これは何を示しているのでしょう?う~~ん。実に面白い♪不思議だぁ~♪

 これまでは目に見え、体感できる「ニュートン力学の適用範囲」の世界で考え、全てがその普遍的法則で矛盾無く説明可能だった訳ですが、アインシュタイン以降は、それまで観察に基づいて発達した科学が、観察者を寄せ付けず、或いは観察すること自体が観察結果を変えてしまうミクロの世界にまで及び、さらにはそれを支配する物理法則が、不確定な確率法則に支配されていると言う事実までを、認めざるを得ないことまでに及んでしまったのです。

 相対性理論の世界や宇宙科学、量子力学の世界ともなると、何処までが理論で、何処からが現実世界なのかすら、理解し難いところです。これでは、「事実とは何ぞや?」と問いたくもなりますし、現実世界と仮想世界がどこかで繋がっているのでは?と考えたくなるのも無理からぬことなのかも知れませんね? 

 話が「物質」の根源である「素粒子」に及びましたので、ついでですから、これら物質の統一的概念としての「有」と、その対立概念である「無」についても考察してみましょう。

 この両者にもその中間的な概念を持つものがあるのでしょうか?う~ん。これはどうなんでしょう?でも、これはあくまでも私見ですが、それこそが「空間」なのではないでしょうか? ただしこれは決して学術的定義ではありません。悪しからず

 「空間」とは、前にも述べましたが、エネルギーの存在形態の一つとして「有」という概念を与えられています。その一方で、そこにはいわゆる物質の存在は「無」として捉えられる概念です。不思議ですよね?まさに「有」と「無」の狭間にある概念と言えるのではないでしょうか? えっ?何もそこまで無理やり物事の狭間を適用する必要な無いですか?あはははは。そうかも・・・でも独り言、独り言。

 それはともかく、物事には相い「対立し」「矛盾」する概念を持ったものが存在し、この世は、その両者の組み合わせで構成されているといっても過言ではありません。それもまた不思議なことと言えば不思議なことですが、しかし最も不思議なことは、その構成要素のそれぞれの次元で、相い矛盾し対立した概念を共有するものが存在するという事実です。

 このことは、大宇宙が小宇宙で構成され、それが更に銀河系宇宙で構成され、それが更に恒星系の宇宙で構成されという具合に「入れ子」構造となっていることや、星は物質で、物質は分子や原子で、原子は素粒子でという具合に更に小さな宇宙が「入れ子」構造となっているという宇宙構造の摂理にも通じるところがあるように感じます
 これほど見事に、何らかの規則性をもって形作られた宇宙やその構成要素のことを考えますと、アインシュタインでなくても「創造主たる神」の存在を信じたくなるのも無理からぬところでしょう。ただし、ここで言う神は、決して何処かの特定の宗教の「神」ではないことだけは確かだ。これだけはキッパリと言っておこう。あははは。
「神はサイコロ遊びを好まない」と言ったアインシュタインじゃないけど「神はテロや報復や戦争を好まない!」ってか?                             
                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-30 19:04

(続)物事の狭間[2]

 「ウィルス」は、ご承知のとおり「ビールス」とも呼ばれ、インフルエンザやエイズ、小児麻痺などを惹き起こす病原体とされていますが、これはいわゆる「病原菌と呼ばれる微生物」や、「細菌」のような「生き物」とは明らかに異なります。 ・・・と言いますか、正確には生物の定義からは外れる「物質」の一種と言った方が正しいのかも知れません。いえいえ、「不完全生物」と言うべきかもしれません。うんうん、だから中間的なものと言うべきなのでしょうね。

 なぜなら、ウィルスは生物の細胞中にあるRNAとかDNAといった「遺伝子情報を持った物質=核酸」と、「タンパク質」などから出来たものですから、いわゆるタンパク質の粉末などのように、適当な条件で抽出すれば結晶化させることも出来る、ただの「有機物=物質」と考えることが出来るのです。

 しかしながら、このウィルスと言う「物質」は、一度生物の細胞内に取り込まれる(これを感染と言えば良いのでしょうか?)と、まるで生きた細菌のように自己複製を繰り返し増殖したり、病原物質や毒素となるようなタンパク質を作り出したり、或いは正常細胞を癌化させる引き金となったりします。こうなると確かにこれは「病原菌=生物」と区別がつかないと言う感じがします。まあ、生物の「設計図面(RNAやDNA)」を持った物質なので、生物の細胞内では生物のように振舞えても当然でしょう。)

 次に光ですが、皆さんも光が「粒子」と「波」の二重性を持つことについては、お聞きになったことがあるでしょう。 光は古典物理学で知られる性格から「波」として捉えられてきました。しかし現代では、光も「光子」という「素粒子」の一員と考えられています。これを提唱したのもアインシュタインです。

 古来から、物の根源的構成要素については、常に人間の興味の対象であり、「粒子」と「波」の存在は知られていました。ただしそれは、その性質から全く相反するものと考えられ、全く別々に取り扱われてきました。

 それはそうでしょう。「粒子」は位置も大きさも重さも特定できる文字通りの「粒」ですから、「物質」そのものです。これに対し、「波」は空間に三次元的に広がり、「大きさも重さも特定出来ない姿無き存在」ですから、この両者は、その特徴の全てが「似ても似つかない性質のもの」と言っても良いでしょう。

 それにも拘らず、現実に「光」は、ある時は「粒子」として振る舞い「光電効果」を起こしたり、ある時は「波」として振舞い、スクリーンに映像を投影したりして、物事の根本に係わる「大矛盾」を、全く疑問の余地無く共有して見せてくれるのです。光りの二重性の発見以来、多くの素粒子がこの性質を持つことが証明され、知られています。

 どうです?物質の根源にまで遡り、その本質的構成要素である「粒子」や、「波」という次元に至っても、その両者の特徴を兼ね備え、どちらとも分類し難い中間的なものが存在すると言う事実には驚かされませんか?えっ?別に驚かない?あははは。そうかなぁ~

・・・ということで、この続きはまた・・・

                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-25 19:01

物事の狭間?[2]

 眠り薬の第二弾です・・あははは。こいつは強力ですぞ!

 物事(ものごと)と言う言葉を「広辞林」で引いてみますと、「物と事。もろもろの事。もろもろの物。」とありました。当たり前かぁ~・・・あははは。

 要するに、「ものごと」とは、人が感知したり、思考したり、経験したり出来る物や現象や事柄の総称ですが、「物」がどちらかと言えば「目に見えて存在する有形の物質的なもの」を指しているのに対し、「事」は無形の事柄であり、現象的なものを指しています。ただし、日本語の曖昧さと言いますか、単に「もの」と仮名書きすると、両者を明確に区別せずに使われることも多く見られます。

 さてさて、私たちの身の周りには様々な「物」が溢れていますが、これを大別すれば「生物」と「無生物」とに分けられます。そして「生物」は更に「動物」と「植物」とに別けられるのもご承知のとおりですよね。この辺までは眠くない?あははは。

 また、「物」は全て例外なく原子と言う微粒子で構成され、一昔前にはこれが物質の最小単位とされていました。でも現代の科学では、原子は更に微小な素粒子から出来ているとされていますよね?そんなことは、今じゃ小学生でも知ってるか・・。あははは。

 このような問題を取り扱う科学の領域では、「全ての物質」は、その形態がどうであれ、「エネルギーの存在形態の一つ」とされています。そして、その「エネルギーの存在形態」の構成要素は、大別して「粒子」と「波」であるとされています。ん?「エネルギーの存在形態」?何じゃそりゃ?うんうん、要するに、全ての物質はエネルギーであって、それが偶々(たまたま)、今私たちが見ている形で存在しているように見えているに過ぎないって言う考え方です。言い換えれば、「元を正せば同じ物が、姿を変えて見えているだけだ」って言う意味です。

 ところで、「動物」と「植物」の狭間には「みどりむし」という生き物がいるのをご存知でしょうか?この生き物は「植物のように、その体内に葉緑素を持ち光合成を行ないながら、動物のように、鞭毛と言う運動器官を持って動き回る」といった具合に、動物と植物の両方の特徴を見事に兼ね備えています。不思議な生き物がいるものダァ~

 では、「生物」と「無生物」の中間的なものってあるのでしょうか?或いは、「粒子」と「波」との中間的なものが存在するのでしょうか?存在するとすれば、それは何でしょう?

 実は不思議なことに、それらもちゃんと存在するんです。前者は「ウィルス」であり、後者は「光」に代表される電磁波(素粒子も含めて良いのかも知れません。)と言って良いのではないでしょうか?

 そんなこと考えてどうするんだ・・・って?えっ?別に何の意味間ありませんよ・・・ただこの世の仕組みって不思議だなぁ~って思っただけです。
 物事を二分する対極的なもの、矛盾した存在に、それぞれちゃんと中間的な存在があるってこと。不思議じゃありませんか?

・・・てことで、この続きはまた・・・・あははは。

                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-20 18:58

(続)話の次元って?

 話の続きでぇ~~す・・ん?もうその話は終わったんじゃないのか・・ですか?あははは。

 え~と・・・ご批判はあろうかと思いますが、何しろ独り言ですから、勝手に話しを進めさせて頂きます。・・・ってか?

 ですから「話の次元が違う」とは、お互いの話が食い違っているってことで、言い換えるとそれは、そもそも話の立脚点が別の「世界。性質。立場。」に在る為であり、噛みあう筈が無い議論ってことになります。

 ん?・・なんだそんな事か・・相変らず前置きが長いなぁ~~。ですか?あはははは。「話の次元」が違うってことだけで、ここまで話しを引っ張るな~!ってか?

 でも、「話の次元の違い」ということを、ただ単に「世界。性質。立場。」が違うと解釈するのと、話の食い違いは、そもそも「何処がどの方向にどのくらい違うのか?」というように「空間的次元の違い」に置き換えて解釈するのとでは、問題解決の手法が大いに異なると思うのですが、如何でしょう?
 ともあれ、このことから逆に考えますと、議論が噛みあわない理由の多くは、「話の主題自体の次元が違っている」話であるか、「話をしている者同士が、次元の違う立場で」話をしていると言う事が多いものです。

 そして悪いことには、議論が熱くなり、感情的になればなるほど、お互いの論点は、それこそ全く「次元」の違うところに行ってしまい、二度と再び噛みあう事は無い、という結果になることも起こり得るでしょう。

 ですから、僕はこういう時は、努めて冷静に「話の次元の食い違い」を探り、「次元の調整」に全精力を注ぐことにしています。これまでの経験で考えますと、同じ次元で「もの」を考えれば、特殊な例を除けば、案外と人の考えというものは、それほど大きな隔たりを生じないものという気がします。その結果として、同じ次元で議論できるようになりますと、お互いの立場上の多少の対立点はあっても、何とか妥協の余地のある議論となることが多いものです。

 ただし、人間は良い意味でも悪い意味でも「感情の動物」ですから、一度、「嫌という感情」が意識下から持ち上がり表面化しますと、「理屈は理解できるが、感情的には受け入れ難い」ということになりかねません。いわゆる「感情をこじらす」ってやつです。こうなると理屈は通用しませんから、それだけは避けたいものです。

 たとえ白を黒に塗り込めたりしたところで、相手が納得しているか否かは別問題ですし、感情的対立が生じれば二度と再び話しを聞いてはくれないかも知れません。議論に深追いは禁物です。次元の調整を図っても妥協点が見つからないときは、一旦議論を中断し、話し合いの機会を改める方が賢明かもしれません。

 これも経験からですが、そうやって時間を置き、相手の論拠の前提条件が変わり得る事例を話題にしていると、何時の間にか相手の意見が、以前にこちらが主張していた意見に変わっている事が良くあります。そうなった時に、気持を抑えて相手の意見に同調する形をとるのも良い方法の一つです。 え?そんなの、元々こちらの意見なのに、相手の意見に同調するようで面白くない?あははは。・・そうかもでも、ものは考えようです。多少、遠回りで面倒ではありますが、そうなれば相手にとっては、それが自分の意見になっているのですから、これ以上の強い説得方法は無いと言って良いのかもしれません。「損して得取れ」でしょうかね?

 でもこれも、同じ次元で物を考えると、誰もが同じ結論に達し易いという事の間接的証明と言えるのかも・・・

                            By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-15 15:14

話の次元って?

「話の次元が違う」などと言う表現を聞いた事があるでしょ?

 そう言えばSFの世界じゃ四次元とか言う言葉もよく耳にしますよね?

 「次元」ねぇ~~・・・・・・・・。うんうん!確かに聞いた事もあるし、何となく使ってるけど、それを何か?って聞かれると・・・う~~ん・・・というような言葉って他にも結構ありますよね?

 「次元」を辞書などで調べてみる限り、どうやらこの言葉は、元々は物理学や数学の世界で使われる言葉として定義されたようですね。・・・え?違いますか?

 まあ、それはともかく話しを進めましょう。

 物理学や数学の世界では、理論上で図形や物体を取り扱うのに、その位置や大きさ、広がりを示す必要があります。そこで考え出された「どの方向にどのくらいといった広がり具合を示す概念」を、この世界ではどうやら「次元」と言っているようです。
 
 学問上の定義を噛み砕いて言いますと、このときに、私達が観測し得る広がり具合には、基本的に三種類の異なった空間が想定出来るというのです。
 それらは先ず、一本の直線状の広がりを持つ空間で、これを一次元空間〈直線空間)と言うそうです。そして次に、この一次元空間と直角に交わる別のもう一本の直線との間に広がる空間(平面空間)を二次元空間と定義しています。
 もうお分かりでしょ?そうなると三次元空間は、簡単ですよね?うんうん。先ほどの二次元空間(平面)と直角に交わる別のもう一本の直線との間に広がる空間(立体空間)が三次元空間と言うことになります。

分ったような、分らないような・・・ですか?あははは。

 空間に関する「次元」の話は次回に譲るとして、「話の次元に」に使われる「次元」とは、この物理数学的定義から転じて、一般には「世界。性質。立場。」を指していう言葉になったと思われます。
 
ん? 眠くなった? じゃ、この続きは、また えへへへ。
                   
                                            By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-10 15:13

(続)物事の狭間?


 閑話休題:さてさて、「有は何から生じたのか?」「鶏が先か卵が先か?」「人間は何から進化して来たのか?」「宇宙は元々何から始まりどうなるのか?」などなど、様々な疑問に対する答えは、このような進化・発展経緯からの類推で、ある程度まで理解する事が出来ます。なぜなら、科学も、このような系統樹を辿って研究が進められ解明がなされて来たからです。

 で、僕もそのようにして物事の系統樹を辿ってより大元に迫り、より根源的なものって何だろうという考え方で「無と言う概念」を類推してみることにします^^w。
 宇宙は、その空間とその中にある膨大な量の星などの物質で構成されているのですが、それらは全て「入れ子構造」になっていて、より基本的構成要素により形成されていることが分かります。そしてその基本的構成要素を、より微細な方向に辿って行くと、最後には原子核物質のような素粒子にまで行き当たり、最後にはそれらを取り巻く「空間」にまで辿り着いてしまいます。

 しかし、小生の理解では、どうやらこの「空間」を含めた宇宙を構成する構成要素の全ては「有」と考られているようです。つまりは、何も物質の存在しない「空間」ですらも「有」ということなのです。更に言えば、目に見える物質も、見えない空間も、エネルギーの存在形態の違いだけで、決して「無」ではなく「有」なのだとされています。

 じゃあ、「無」は?・・・と言われますと、それは、閉じていると言われる宇宙空間の「外」と言う概念なのです。・・・あははは、余計わけが分らないかぁ~・・・分らないついでに言えば、これら天文学的に広大で、莫大なエネルギーや質量を持つ宇宙(「有」の総合計)は、「無」から相転移のような形で生じた、微小な「有」が膨張して出来上がったものと考えられています。そういう意味では、「無」から「有」が生じるものと考えた方が正しいのかも知れません。

 「鶏が先か卵が先か」につきましては、発生的に考えれば鶏が先と考えるべきでしょう。といっても、この場合の鶏は、非常に原始的な鶏の先祖から進化した鶏を指しています。原始的な鶏は、それこそアメーバーのような単細胞生物から進化して爬虫類のようなものから分化して来たのでしょうが、その進化の過程で、子孫を残す手段として、鶏の体内で生殖細胞を卵と言う形に進化させた訳ですから、これに関しては明らかに「鶏が先」と言うべきでしょう。
 
 えっ?そんな事知りたかった訳じゃない?・・・あははは、そうでしょう、そうでしょう。。。。ですよねぇ~~~。ひ・と・り・ご・と・・です。
 えっ?また眠くなった?・・・・・・・・・・・・・・・あはっ
 知~~らないっと・・・・・・・ 

                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-06 14:56

(続)物事の狭間?

 あはははは、訳分らんこと書くなぁ~~ってお声が・・・う~~ん、これって走り書きなので、後から読み返してみると、自分でも分り難い文章ダァ~・・とほほほ。

 独り言は、これで結構難しい・・・、あまり詳細に書いたら聞かされる方もうんざりするし、簡単に書くとさっぱり分らないことが多いからなぁ~・・・おまけに、あまり簡単明瞭に書くと誤解され易いし・・・う~~ん 難しい。。。。

 ・・・と、ここで愚痴ってどうする あははははは。

 要するに、今回のこの独り言では、物事の多くは、時間の経過と共に進化、発展するものでしょ?ですから、時間軸を遡れば、結局のところそのルーツと言うか原型と言うものに行き着くと考えるのが普通じゃないかって考えが基本にあります。

 そのような考えで行くと、時間を遡るほど、樹で言えば根元に近づき単純化され、時間を先に進めるほど進化・発展と共に、樹の枝先のように分化し複雑化する傾向があります。これを図示したものを、樹に例えて「系統樹或いは:進化の木」と呼ぶ言い方があるんです。生物の進化を系統樹で図示したものは良くお目にかかりますので皆さんお馴染みでしょう。
 生物は「物事(ものごと)」の内、進化する「物(もの)」の代表的なものと言って良いでしょう。
 
 一方で、「ドラゴン・クエスト」とか「ファイナル・ファンタジー」などで人気のあるロール・プレイ・ゲームなども、そのストーリー展開やそれに基づく選択肢により派生的に展開するストーリーなどを図示すれば、それもまた系統樹の様な絵が書けます。
 これは「物事(ものごと)」の内、「事(こと)」を書き表す代表的な系統樹と言えますが、時間経過と共に起こり得る様々な要素を一覧性を持って図示して、検討対象の全体像を把握したり、個々の要素の位置関係や相対関係を把握するのに非常に便利です。

 ついでに言えば、これら系統樹を根元に辿る思考法を「帰納(きのう)法」と言い、枝先に向かって思考を展開する方法を「演繹(えんえき)法」と言います。物事の思考の全てが、この繰り返しですから、系統樹に表わす事は非常に有効な手段ですね?ところがどういう訳か自分の考えをこのように図示出来る人や、頭の中に系統樹を描いて思考する人は案外と少ないものです。
 この方法は、自分の考えを整理したり不足の情報を得る上で有効なのは勿論、他人の意見や考えと、何処がどう違うのか、どうすれば理解し合えるかを明確にしてくれる事が多いので、とてもお薦めの手法です。

・・・・・・つづく
                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-09-05 14:42

物事の狭間?

 「無から有は生じない」と言いますが、じゃ、有は一体何から生じたのでしょう?あはははは。
 これって「鶏が先か、卵が先か」って言う議論に似てますよね?
 
 確かに、鶏は卵から育つものですが、その卵は鶏が産む訳ですから、一体どっちが先にこの世に存在したのか?って考えたくなるのは当然のような議論です。
 
 哲学的議論は別として、生物学的と言いますか科学一般の総合的知見からすれば、生命体そのものの進化論的考察などから、高等動物とされる多細胞生物は単細胞生物から進化し、単細胞生物はそれらを構成するミトコンドリアのようなオルガネラと呼ばれる細胞内小器官の集合体として進化し、それらの小器官は、構成要素であるタンパク質等から進化し、そのタンパク質はアミノ酸から、アミノ酸は炭酸ガスや窒素化合物などから・・・と、考えられています。

 こうして物事のルーツを辿れば、如何なるものも結局のところは「有」の根源にたどり着き、挙句の果てには、そもそも「有」とは何ぞやという議論となり、「有」の根源は「無」であるということになるのかも知れません。否、「有」と「無」とは、その存在形態を異にしているが、実は同じものの様(相)の違いに他ならないのかも知れません。

 それはさて置き、生物学で進化の過程を表わす時、系統樹(進化の木)という手法を用います。この木の枝先の葉から根元の方に辿れば、その生物のルーツに行き着きますが、その反対に根元から辿ると、生物が進化の過程で環境などに適応して、様々な生物に分化していった事が分ります。

 ところで、物事や考え方も同じように進化すると考えられますので、系統樹として表わすと分りやすく、皆さん良くご承知のとおり、戦略会議、マーケティング手法、品質管理手法など、様々な管理手法で良く用いられています。

 今回は、この系統樹で言うところの分岐点について考えてみたいと思います。・・・・ということで、続きは、また今度。。。

                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-08-30 14:38

(続)ユビキタス社会って?

 ICタグの導入では、小売店では、あらゆる商品情報などを記録したICタグを装着することで、商品棚に開示すべき商品情報を表示する機能を付ければ、お客様が購入時点で知りたいと思っている「商品の生産者情報」や「加工履歴」なども開示可能となりますし、レジでは精算の際に買い物かごの中身を取り出さずに、お買い上げ商品とその金額を、一括して読み取ることができます。
 勿論、在庫の棚卸しも同様にICタグでほぼ自動化できるはずですし、万一不良品や事故品が発生した場合の製造元や製造状況を追跡調査することも非常に容易となります。製造業者でも、製品に製造番号などを記録したICタグを装着しておけば偽造や盗難の被害を防ぐのに有効だと考えられています。

 このように、ICタグを活用するメリットは予想以上に大きく、今後は、さらに多様な分野への導入も検討されています。
 例えば、家庭でも、冷蔵庫の中身が全てドアを開けずに調べられたり、購入日付や賞味期限などの情報も一目で分る様にすることも可能ですし、幼稚園などでは、インターネットとつながっているカメラを設置し、園児の名札にICタグを付ければ、ICタグからの情報で、園児がいる位置を父母らは自宅のパソコンで確認することも可能です。薬に応用すれば投薬ミスや飲み合わせの間違いなども減らす事が出来るでしょう。

 いやぁ~~、なんだか僕らはPCだネットだと、表面的なIT化社会で遊んでいるだけですが、その裏では、凄まじい速度で「IT化による社会変革」が着実に進んでいるものなんだなぁ~・・・と思う今日この頃です。

 この状況喜ぶべきか、憂うべきか・・・
 斯く言う私も、あれほど抵抗があったカーナビも、使って慣れると・・・・・ヤッパリ便利さには敵いませんよね?
 ま、せいぜい偶に郊外にでも出かけたり、ガーデニング、散歩やサイクリングで、脱文明社会を満喫するのが、ささやかな抵抗と言ったところかな。。。あははは。
 
 アナログ人間( * ^。)ノ◇""ガンバレ~~~・・・ってか?

                                            By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-08-21 14:32

ユビキタス社会って?

 昨今の新聞紙上で、「ICタグ」とか「ユビキタス社会」といった言葉を良く目にするようになりました。

 ん?なんじゃそりゃ?・・ですか?・・・・ですよねぇ~。誰がこんな不思議な言葉を持ち出してきて流行らせるんでしょう?まったく迷惑な話だ。ま、それはともかく、話しを先に進めましょう・・・・

 ユビキタス(ubiquitous)とはラテン語で、いたるところに存在する(遍在)という意味だそうです。[う~ん・・同じ読みの「へんざい」って言っても偏在って書くとこれとはまったく正反対に「一箇所に偏(かたよ)って在ること」って言う意味になるんだから・・日本語はまったくもってややこしいですね?]

 ユビキタス環境とは、インターネットなどの情報ネットワークに、いつでも、どこからでもアクセスできる環境を指し、このような環境が普及し、一人が複数のコンピュータを使う「ユビキタス・コンピューティング」が実現した次世代の高度情報化社会を「ユビキタス社会」と呼ぶのだそうです。

 ユビキタス環境では、アクセスに使う端末は、パソコンや携帯電話に限らず、冷蔵庫や電子レンジといった家電製品、自動車、自動販売機等もインターネット接続され、今開発途上のウェアラブル〈着られる)・コンピュータと呼ばれる、身に付けるコンピュータなども実用化され、大いに活用されるようになるものと思われます。

 このユビキタス環境を実現する主要技術は色々ありますが、その一つとして今、「ICタグ」あるいは「RFIDタグ」(Radio Frequency Identification)が注目されています。(ん?・・・また訳の分らん言葉を・・・ですか?あははは)

 「ICタグ」とは「IC=集積回路」と「タグ=荷札」を合わせた合成語ですが、荷札として対象物に取り付ける「ICチップ」と「アンテナ」から成っています。
 これまでの荷札やバーコードとの大きな違いは、ICチップという非常に小さタグに膨大な情報を収納出来る点と、ICチップ内のデータには、外部からの電波でアクセスできますので、必要な時、必要な情報を、直接タグに触れることなく素早く取り出す事が出来ると言うことでしょう。

・・・・・つづく
                                           By 純一郎
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# by m_tanijyun | 2004-08-20 14:27